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ジオパーク秩父とは

ミューズパークから眺める秩父盆地
ミューズパークから眺める秩父盆地

ジオパークとは

ジオ(Geo)とは、「地球、大地」という意味で、ジオパークとは、科学的に見て特別に重要で貴重な、あるいは美しい地質遺産を複数含む自然公園、いわば「大地の公園」のことをいいます。また、このジオパークで、地形や地質現象またはジオに関連する旧跡などを観察できる場所が「ジオサイト」です。

世界の中でも日本は、地震や火山が多いことから多様な地形や地質が存在しており、生きている地球の歴史物語を実感できる現象を見ることができます。ジオパークでは、地形、岩石、鉱物、化石、地層、地下水、温泉を見学するだけでなく、その地域で暮らしてきた人々の生活や歴史、文化、全てが観察の対象になります。

美しい景観や風の音、鳥のさえずり、そして歩き、踏みしめ、手で触れる大地の感触、郷土料理の味わい等は、みな自然が作った土壌、気候、地形から生まれ、育まれてきました。その地域に伝わる民話や歴史、方言なども、その土地の気候風土や自然の営みを上手に活用し、表現してきた人々の生活様式を伝承するものです。これらすべてに、地球の物語があります。

ジオパーク秩父の紹介

ジオパーク秩父は、秩父地域1市4町(秩父市、横瀬町、皆野町、長瀞町、小鹿野町)をエリア(約89,250ha)としており、平成23年に当時国内で15番目の日本ジオパークに認定を受けました(現在国内に44か所)。その後、平成27年の再認定を受け、現在に至っています。

秩父地域では、NPO団体が主催するガイドツアー、学校における体験学習、自治会や公民館での講座など、ジオパークに関する住民の活動が盛んです。秩父地域の新たな魅力発信と地域活性化を目指し、各団体や各行政機関、観光関係団体で組織された「秩父まるごとジオパーク推進協議会」が中心となり、地域全体でジオパーク活動を推進しています。

秩父ってどんなところ?

地理

埼玉県西部にある秩父地域は、都心から60~80km圏に位置し、関東平野の西に連なる関東山地の一画を占める都市近郊山村地域です。中心の秩父盆地は、南と西を2,000m級の奥秩父山地、北を上武山地、東を外秩父山地に囲まれ、河成段丘の階段状の平坦地があります。荒川とその支流は秩父盆地北東部に集まり、長瀞から関東平野に流れ出ています。

秩父地域 広域地図
秩父地域 航空写真

産業の歴史

江戸時代以降、秩父銘仙に代表される絹織物などの繊維工業が発展していました。大正以降、武甲山の石灰石を原料とするセメント関連産業の隆盛など鉱工業が発展してきました。昭和には秩父鉱山が国内第2の鉄鉱石を産出していました。現在は、精密機械工業などの製造業、観光業などが産業の中心となっています。

自然・気候

秩父市街地に近い秩父ミューズパークの展望台からは、秩父盆地の東部とその周辺山地が見渡せます。秩父帯の固い岩石からなる武甲山を中心とする険しい山々と、三波川帯のもろく剥がれやすい変成岩で構成されるなだらかな外秩父の山々との山容の違いや、10段以上にも分けられる秩父の段丘地形などが一望できます。秩父地域の約84%が森林であり、秩父多摩甲斐国立公園、5つの県立自然公園がある自然豊かな地域です。また、内陸気候のため寒暖の差が大きく、四季の変化が明瞭です。とくに冬の冷え込みは強く、谷間では氷柱(つらら)が見られます。雨量は全国平均に比べて少ないものの、夏の雷雨や秋の台風では豪雨になることもあります。また、晩秋には放射霧による濃霧の発生が多く、雲海が見られます。

秩父紅

フクジュソウの固有種「秩父紅」

ザゼンソウ

ザゼンソウ(荒川地区、横瀬地区)

カタクリ

カタクリの群生(秩父全域)

※秩父のエリアごとの植物に関しては「ちちぶネイチャーアカデミー」-植物観察-をご覧下さい。

歴史・文化

地域全体で多様な歴史的・文化的資源を有し、旧石器~戦国時代の遺跡、古墳群、和銅遺跡、秩父往還、秩父三社(秩父神社三峯神社宝登山神社)、秩父札所三十四ヶ所観音霊場秩父事件関連史跡、そして秩父夜祭を代表とする数多くの祭礼行事など、独自の文化圏を形成し、地域性の高い歴史・文化遺産が存在します。

和銅ゆかりの聖神社(秩父市黒谷)

秩父夜祭(秩父市 12月2日・3日)

秩父三社のひとつ 三峯神社(秩父市三峰)

秩父地域の地質学的特徴

1地形

ジオパーク秩父の地域は、関東平野西方の関東山地の北東部にあたり、奥秩父山地、上武山地、外秩父山地および秩父凹地帯とに区分されます。奥秩父山地は、2,000m級の峰が連なり、地形的に一般的に急峻で、突出し峰と狭い谷を特徴としています。上武山地と外秩父山地は1,000m級以下の低山で、なだらかな山の中腹まで耕され集落ができています。
「秩父凹地帯」は、「秩父盆地」を中心としてそこから北西へ伸びる「山中白亜系」(山中層群)の地層が広がる谷や南東へ伸びる谷から構成され、奥秩父山地と上武・外秩父両山地を分ける谷地形を形作っています。

2秩父層群と三波川変成岩

秩父地域は東京に近く、明治時代から日本の近代地質学における数々の先駆的な研究が行われてきました。「秩父古生層」や「三波川結晶片岩」などの命名・研究をはじめ、日本列島の模式となる研究が展開され、以後多くの地質学徒の育成に貢献してきたことから、『日本地質学発祥の地』と呼ばれています。また、現在でも新しい研究が行われ、秩父層群や三波川変成岩など西南日本外帯の「付加体」(プレートの動きにより、大陸側に押し付けられた堆積物など)に関する新知見が得られるなど、『世界に発信する地質学的拠点』という新しいパイオニア的存在でもあります。

3新第三系

秩父盆地には新第三系の彦久保層群、小鹿野町層群、秩父町層群、横瀬町層群が分布しています。これは約1,700万年前~1,500万年前の海底に積もったもので、地殻変動にともなう多様な堆積構造や、パレオパラドキシア、チチブクジラ、チチブサワラといった大型の哺乳類、魚類の化石、さらに貝類、甲殻類、サンゴ類、ウニ類,珪化木といった多彩な化石群集を良好に保存しています。

4第四系

秩父盆地の荒川沿いなどには、高位(多摩期)・中位(下末吉期)・低位(武蔵野期~立川期以降)と大きく3に区分される河成段丘堆積物が見られます。これらの第四紀堆積物は、かつての荒川などの河原に堆積した砂礫層、場所によっては粘土層、およびその上位に重なるローム層などで構成されています。

5花崗岩類の貫入と鉱床の形成

甲武信ヶ岳付近の大滝層群中には約900万年前に甲府花崗閃緑岩類が貫入し、周辺の堆積岩類を熱による接触変成でホルンフェルス化させています。中津川流域では、約600万年前に秩父トーナル岩が貫入し、スカルン型鉱床(早期鉱床)は石灰岩と反応した接触交代鉱床、後期鉱床は脈状、チムニー状の熱水鉱床を形成しています。

鉱山資源

古くは天正3年(1575)に甲州の武田氏が滅亡した後、武田の金山衆(鉱山技術者集団)が秩父に入り金が探索されたと伝えられる秩父鉱山は、金・銀・銅・鉛・亜鉛・鉄などの金属鉱石を産出し、昭和期には日本有数の鉄鉱山として知られていました。しかし、平成10年代の後半になると、非金属である結晶質石灰岩(大理石)を採掘するのみとなりました。

秩父地域の観光情報はこちら

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