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藤六の海底地すべり跡
藤六の海底地すべり跡

新田橋あらたばし礫岩露頭れきがんろとうジオサイト 8

<ruby>新田橋<rp>(</rp><rt>あらたばし</rt><rp>)</rp></ruby>の<ruby>礫岩露頭<rp>(</rp><rt>れきがんろとう</rt><rp>)</rp></ruby>

基本はコレ!

約1700万年前から約1500万年前まで現在の秩父盆地内に存在した古秩父湾の消滅を告げる場所。国の天然記念物に指定されている。
外秩父山地が隆起し、秩父盆地の部分が沈降した際に、海を取巻く崖が崩れて盆地の東縁に堆積しました。この露頭は崖が削られてすぐ堆積したため巨大な岩体で残っており、角があってゴツゴツしています。
新田橋の礫岩露頭

横瀬町にある親水公園「ウォーターパークシラヤマ」内に新田橋の礫岩露頭はあります。こちらの公園は横瀬川沿いに整備されており、夏になると川遊びを客で賑わう憩いの場所です。横瀬川の右岸にある礫岩露頭は、川を挟んで対岸から観察することができます。

およそ1,500万年前、秩父盆地の東縁では、現在の外秩父山地にあたる場所が隆起しはじめ、海を崖がとりまきました。崖が浸食されると崖の下に崩れた岩が堆積しました。これが新田橋の礫岩です。崖が削られてすぐ堆積した礫岩のため、角が立っていたり、巨大なものがあったりします。

その他の秩父盆地中の地層はすべて東に傾く東傾斜のものですが、ここでは西方向へ傾斜しています。非常に急角度に傾斜しているのは、盆地東側の山々の隆起にるものと考えられます。外秩父山地が形成されると、古秩父湾は閉ざされて消滅することになりました。

また、指定地にはなっていませんが、対岸の新田橋のたもとにも礫岩が見られ、新田橋の礫岩露頭とつながっていることがわかります。

ちょこっと豆知識 「寛保の大洪水で変わった横瀬川の流路」

新田橋の礫岩露頭の目の前を流れる横瀬川ですが、その昔は流路も全く異なっていました。寛保2(1742)年、寛保の大洪水として知られる大水の際、横瀬川が大きく蛇行し、川幅の狭い棚久保で流路を塞がれた多量の水が、今市の白山に続くブッテエ山の鞍部を乗り越えて決壊し、山を切り崩して、今日みられる流路に一変させたと伝えられています。

アクセス
電車・・・西武鉄道「横瀬駅」から徒歩約10分
バス・・・西武鉄道「西武秩父駅」または秩父鉄道「秩父駅」から西武観光バス「根古屋・長渕・松枝ゆき」の「横瀬公民館前」下車徒歩4分
ナビ入力住所・・・秩父郡横瀬町大字横瀬2035(現地周辺)
駐車場
あり(約30台)
リンク
横瀬町観光Webサイト「歩楽里よこぜ」
埼玉県立自然の博物館WEBサイト内「新田橋の礫岩露頭」
近くのサイト・拠点施設
寺坂棚田てらさかたなだ・寺坂遺跡横瀬町歴史民俗資料館5:羊山公園(中位段丘)
関連ジオストーリー
秩父の大地に眠る太古の海の物語

地図

G08_新田橋の礫岩露頭

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